専業主婦の暮らし

子供のいない人生【その理由と経緯】

こんにちは。
アラフォー専業主婦のCoccaです。

以前からこのブログにも、わが家は「夫婦ふたり暮らし」ということを書いてきましたが、どうして子どもがいないのか、その経緯については触れてきませんでした。

子どもに関することはとてもデリケートな問題なので、どんな内容を書いたとしても、それを読んで不快な気持ちになる方がいたら申し訳ないなと思っていたからです。

ですが、日常生活においてもそうなのですが、「うちは子どもがいないんです」という話題になると、それを聞いた相手の方々は、

「自分の意思で子どもがいないのか」
「欲しいのに恵まれないのか」
「実際に不妊治療などをしているのか」

私がどういうスタンスなのかをはかりかねていることがよくあります。
そのあたりをはっきりさせておかないと、相手に余計な気をつかわせてしまう問題が出てきてしまうのです。

なので、ブログを始めてからだいぶ時間が経ってしまいましたが、今日は「わが家に子どもがいない理由と経緯」について包み隠さずに書いてみようと思います。

あくまでも私個人の考え方ですので、けっしてどなたかの生き方を否定するものではないということを踏まえたうえで読んでいただけたら幸いです。

子どものいない夫婦【結婚前と新婚当時のこと】

あえて私のスタンスを言葉にすると、「なりゆき上、選択子なし」になると思います。

わかりづらくてすみません

お恥ずかしい話ですが、30代になるまで「子どものこと」を真剣に考えたことがありませんでした。

10代の頃に「絶対にかなえたい夢(仕事)」ができて、もしそれがかなうなら、一生独身でもいいと思って人生を歩んできました。

あまり器用ではないので、自分自身のことで精一杯になってしまい、子どものことまで考える余裕がなかったというのが本当のところです。

もちろん若い頃は恋愛にうつつを抜かしたこともありましたが、優先順位はつねに仕事がいちばんでした。

ですが、世の中には変わった男性もいるもので、そんな私でもいいと言ってくれる人が現われました。ご縁があり、その男性と結婚したのが30代前半のとき。それがいまの夫です。

結婚して、初めて「家庭を築く」ということについて考えるようになったのですが、それでも「子どものこと」については、どこか他人事のような気がしていました。

子どもを育てる自信や勇気がなくて、見て見ぬふりをしていた部分もあったのだと思います。
まわりの女性が結婚して、出産して、子育てをしている姿を見るたびに、いつまでも踏ん切りがつかない自分のダメさ加減に落ち込んだりもしていました。

夫も私と似たタイプの人間です。
20代の頃から夢を追い、かなりきつい下積み生活を送っていたため、自分が家庭を持つだなんて考えたこともなかったそう。

仕事も特殊なので、どれだけキャリアを積んでも安定はせず、明日収入がゼロになっても不思議ではない世界に身を置いています。

本当に子どもを育てあげることができるのか、夫も不安があったようです。

そういった意味でも、私たちはとても似ている夫婦なのだと思います。

そんな私たちが子どもについて真剣に話し合ったのは新婚当初のことでした。

うちの夫は、「子どもがいたらすごく幸せだと思う。でもいなくても同じぐらい幸せだと思う」というようなノンキなことを最初から言っていました。

そして、あきれることに私も夫とまったく同じように「そうだよね」とノンキなことを思っていたのです。

新婚当時は私の仕事が忙しかったこともあり、「とりあえず3年間は子どもは作らずにいきましょう」ということで、夫婦の意見がまとまりました。

子どものいない夫婦【結婚してから3年】

結婚してあっという間に3年の月日が流れました。

結婚生活は順調。子どもがいなくても、夫婦ふたり楽しく過ごしていたのですが、結婚して3年も経つと、今度はまわりからのプレッシャーを感じるようになります。

幸か不幸か、私たちが働いていた業界は、独身・バツイチ・バツ2・バツ3・未婚の母など、様々な生き方を選択している人たちが多く、子どもがいないからといって浮いてしまうことはまったくない世界でした。

ただ、これが家族の問題になると話は違ってきます。親族のなかには「早く子どもを作りなさい」と直接言葉に出して催促する方々もいました。

夫と私が再び「子どものこと」について真剣に話し合いをしたのもこの頃です。

私たちはとても迷っていました。

新婚のときは私がまだ30代前半だったこともあり、「3年間は作らない」と決めることができましたが、このときの私は30代半ば。子どもをどうするのか、きちんとした答えを出さなければいけない時期に入っていました。

夫のスタンスは新婚当初と変わらず、「子どもがいたらすごく幸せだと思う。でもいなくても同じぐらい幸せだと思う」というものでした。

それは本心だったと思います。でも同時に、心の片隅で私に気をつかっていた部分もあったような気もするのです。

言葉では「子どもはどちらでもいい」と言っていた夫ですが、内心では「子どもはいなくてもいい」という気持ちのほうがほんの少しだけ強かったのではないかと感じていました。

でも女性である妻(私)が、本当は子どもを欲しがってるのではないかと考えて、「うちはふたりで生きていこう」という結論を出せずにいたのではないかと・・・。

夫も私も、どうしたらいいのか本当にわかりませんでした。

お互いに考え過ぎなのです。

そして悩み抜いた私たちが、夫婦で出した答えは、意外なことに「1年間自然に任せてみよう」というごくごくシンプルなものでした。

もしそれで子どもを授かれば、苦労はあるかもしれないけど誰よりも愛情をもって育てよう。
授からなければ、ふたりで楽しく生きていこうという結論に至ったのです。

子どものいない夫婦【子どもを産めない可能性】

そして自然に任せて3ヵ月後。私が虫垂炎にかかります。

相変わらずの間の悪さ

 

ここからの3ヵ月間は、話がかなり長くなってしまうので、わかりやすいように状況のみ箇条書きでまとめていきます。

・2週間ほど地味な腹痛が続いていたので内科を受診。

・虫垂炎と診断される。

・虫垂炎は軽い症状だったため、1週間の点滴治療でOKとのこと(手術なし)。

・ただし、虫垂炎の検査の過程で、左側の卵巣が腫れていることを指摘される。

・「いい機会だからMRI検査を受けてみれば?」と内科医から提案。

・MRI検査を受けることにする。

・MRI検査の結果、左側の卵巣に4センチほどの腫瘍があることが判明。

・内科から産婦人科にうつる。

・MRI画像で見せてもらった腫瘍は、典型的な良性のかたち。おそらく卵巣のう腫。
 けれど、その良性らしき腫瘍のごく一部に影のようなものが写っていると聞かされる。

※じつはMRI検査の際、検査の途中から医師たちが急にわちゃわちゃしだしたので(急遽、造影剤を注射することになったり)何か問題があったんだなということはなんとなく理解していました。

・MRI検査の結果を受けて、産婦人科の医師たちの意見が、「これは良性」という意見と「悪性の可能性を否定できない」という意見のふたつにわかれていることを担当医から聞かされる。

・その後、血液検査などを受けるもとくに異常はなし。

・MRI画像に写った腫瘍の影だけが論点に。

・自覚症状のない4センチの卵巣のう腫は、本来なら経過観察でいい大きさ。

・けれど、腫瘍を摘出して病理検査をしないと影の正体はわからないままになってしまう。

・最終的に「もしものことがあったら怖いので手術して取りましょう」と担当医から提案される。

・良性の卵巣のう腫の場合は腫瘍部分だけを取りのぞけばいいが、今回のケースは悪性の可能性があるため左側の卵巣ごと摘出するとのこと。

・私、手術を承諾。

・手術の説明の際に、もし悪性だったときの治療の進め方についても質問する。

・悪性だった場合は、右側の卵巣と子宮も摘出する可能性があること。
 また、抗がん剤治療の必要があることを聞かされる。

・そのため、手術が終わって結果が出るまでは子どもは作らないようにと説明を受ける。

・仕事の調整や入院の準備。

・1週間の入院&腹腔鏡手術。

・病理検査の結果を聞く。

 

ここまでがおよそ3ヵ月間の出来事です。

そしてこの3ヵ月間、自分の卵巣の腫瘍が悪性だったときのことを冷静に考えました。

つまりそれは、一生子どもが持てなくなることを意味しています(私の場合)。

30代になるまで子どものことをまったく考えなかったことを取り返すかのように、3ヵ月間毎日毎日、「子どものこと」ばかり考えていたのですから皮肉なものです。

正確にいうと、「子どもが産めなくなること」について考えていました。

考えても仕方がないことなのですが、考えて、考えて、考えて、考えて、ようやく、

「私は子どもがいなくても大丈夫」というところまでたどりつくことができました。

腹をくくるというのはこういうことを言うんだなと思えるほど、自分の軸が定まった感覚があったのです。

「子どもを授かって初めて自分よりも大切な存在ができた」

「自分の子どもは想像できないほど愛おしい」

「子どもを育ててこそ自分も成長できる」

「子どもがいないと老後が悲惨」

「男は歳を取ったら必ず子どもが欲しくなる」

「子どもを産まなかったことをいつか必ず後悔する」

これまでよく聞かされてきた言葉が頭の中をぐるぐるまわっていました。

でも、そのすべてをありのまま受け入れようと覚悟が決まりました。

年齢を重ねていくうちに深い孤独を感じるときがやってくるのかもしれません。

だけどその孤独を、人間としての色気や風情や奥行きに変えるぐらいの技量は、きっと身につけることができるはず(と思いたい 泣)。

いつか人生を終えるその瞬間に、「やっぱ産んどけばよかったー」と後悔している自分の姿を想像したら、ものすごく私らしくてそれはそれで悪くないなと思うことができました。

 

そして、手術後の病理検査の結果を聞きに行く日がやってきます。

担当医から聞かされた私の卵巣腫瘍の診断は・・・

まさかの良性。

MRI画像に影が写っていた理由については、

卵巣がなんらかの原因で出血して(よくあることらしいです)、それが自然治癒している最中に表面にカサブタのようなものができ、ちょうどそのときにMRI検査を受けて、影のように写ってしまったことが判明。

ズコーッ。

間の悪さもここまでくると泣けてきます。

本来なら、子どもを授かれる可能性を残せたこの診断は、非常に喜ばしいことなのだと思います。

ですが・・・

本当に3ヵ月間ものすごく考え抜いて腹をくくったことだったので、「はい、そうですか」と簡単に気持ちを切り替えることができませんでした。

もしかしたら子どもを授かることができたのかもしれません。
もちろん自然には授からなかった可能性もおおいにあります。

ですが私たち夫婦はその後、子どもを作ろうという選択はしませんでした。

何が正しくて何が間違っているのか、いまだに正解もわかりませんが、それが私たちの出した答えです。

これがわが家に子どもがいない理由の一部始終になります。

なんとなく消化不良な話になってしまい申し訳ありません。
おそらく私自身もまだ噛み砕いて説明できるほど達観はできていないのだと思います。

 

皮肉なもので、子どもを産まないと決めた1年後、私はこれまで夢中に取り組んできた仕事に対しても距離を置くことを考え始めました。普通は、子どもをもたないと決めたらこれまで以上に仕事に力を注ぐことになりそうなのに、人間というのは不思議なものですね。

腹をくくったことで、見えている世界が変わってきたのかもしれません。

というわけでその数年後、私は仕事の現場を離れて専業主婦になりました。

まずは2年間、好きなことだけすると決めて、いまは毎日おだやかに暮らしています。

アラフォーにしてゼロからのスタートです

まとめ

私は子どもがいないので、

出産を経験して子育てをしている女性を心から尊敬しています。

また、私と同じように子どものいない女性には勝手に親近感を抱いています。

そして、いまは子どもはいないけど、いつか子どもを授かりたいと望んでいる女性、あるいはその努力を現在進行形でしている女性に対しては、最大限の応援の気持ちを持っています。

誰からも嫌われないようにと、予防線を張ってきれいごとを書いていると思われるかもしれませんが(笑)、本心です。

すべての女性が悲しむことのないように、
泣いている女性がいたら手を差し伸べられるように、
大きな優しさで包み込めるように――

私はお母さんにはなれませんでしたが、お母さんのような温かい存在の女性にはいつかなってみたいと思っています。