こんにちは。
アラフォー専業主婦のCoccaです。
ここ最近、本を読んでも、レビューを書く時間がなかなか作れていませんでした。
ようやく雑用などが一段落したので、今回は、宮口幸治さんの『ケーキの切れない非行少年たち』を読んだ感想をまとめてみたいと思います。
宮口幸治『ケーキの切れない非行少年たち』概要&感想
※以下、ネタバレもありますのでご注意ください。
『ケーキの切れない非行少年たち』概要&感想
今回読んだのは、宮口幸治さんの『ケーキの切れない非行少年たち』です。
話題になっている1冊なので、すでに読み終えた方や、書店などで見かけたことがある方も多いかもしれません。
ちなみに表紙の図は、著者の宮口幸治先生(児童精神科医)が非行少年たちに、
「ここに丸いケーキがあります。3人で食べるとしたらどうやって切りますか? 皆が平等になるように切ってください」
という問題を出したときに彼らが描いたものです。
この図を描いた少年たちは、犯罪に手を染めて医療少年院に収容されている子どもたち(中学生・高校生の年齢)です。
※なお、少年院などの矯正施設では女子のことも少年と呼ぶことから、この本に登場する子どもたちは女子であっても「少年」と表現されています。
本来なら、ベンツのマークのような線を引いて、なんとなくでもケーキの図を3等分にできるはずの年齢なのですが、非行少年たちは、先生が何度かやり直しをさせても、「うーん」と悩み続けて答えを出すことができません。
宮口先生はその様子を見て、彼らに非行の反省や、被害者の気持ちを考えさせるような従来の矯正教育をいくら行なっても、右から左に流れていくだけなのではないかと感じ始めます。
なぜなら彼らには、犯罪への反省以前の問題があったからです。
更生のためには、自分のやった非行としっかり向き合い、被害者のことを考えて反省し、自己洞察する必要があります。
けれど少年たちの多くにはそもそもその力がありませんでした。
非行少年たちに、「なぜそんなこと(凶悪犯罪)を行なったのか」と尋ねても、難しすぎてその理由を答えることができないのです。
その現実に気づいたとき、少年たちがいままでどれだけ生きづらい人生を送ってきたのか、宮口先生は知ることになります。
具体的なあらすじを書く前に、ここで著者のプロフィールを簡単にまとめておきたいと思います。
宮口幸治さんプロフィール
立命館大学産業社会学部教授・医学博士・精神科医・臨床心理士。
以前は大阪の公立精神科病院に児童精神科医として勤務し、発達障害・被虐待・不登校の子どもたちを診察していたそうです。
ですが、発達障害や知的障害をもち、様々な問題行動を繰り返してしまう子どもたちに対して、病院では結局投薬治療といった対処療法しかできず、根本的に治すことは難しいという現実を目の当たりにして、どうしたものかと苦悩する日々を過ごしていました。
そんな中、宮口先生は三重県にある「医療少年院」の存在を知ります。
医療少年院とは、発達障害や知的障害をもった非行少年たちが収容される、いわば少年院版特別支援学校という位置づけの矯正施設のことです。
窃盗、恐喝、暴行などから殺人まで、犯罪を行なった少年たちが収容されており、「もしかしたらこの施設に行けば、発達障害や知的障害の子どもたちへの支援のヒントを何か見つけられるかもしれない」と考えた宮口先生は、それまで勤務していた病院を辞め、医療少年院へ赴任することを決めたのでした。
そして、この医療少年院で出会った非行少年たちとのエピソードをまとめた1冊が、この『ケーキの切れない非行少年たち』なのです。
彼らの抱える苦しみ、そして非行少年だけではなくすべての学校で起こりうる問題、発達障害や知的障害をもつ子どもたちに対しての具体的な支援方法なども紹介されています。
非行少年たちの特徴
宮口先生は病院に勤務していた頃に、発達障害の子どもたちを数多く診察してきました。
発達障害のことが広く認知されるようになり、まだ子どもが幼いうちに「もしかしたらうちの子も…」と専門機関を訪ねる親御さんも近年増加していますよね。
宮口先生曰く、そういった「保護者や支援者に病院に連れてきてもらえる子どもたち」は、恵まれた環境に身を置いている子たちなのだそうで、
医療少年院の非行少年のように、発達障害や軽度の知的障害に気づかれないまま(あるいは親の無関心などで放置されたまま)、罪を犯し、警察に逮捕されて、少年鑑別所で初めて「障害があった」と発覚することも多いとのこと。
簡単な足し算や引き算ができなかったり、漢字が読めなかったり、短い文章すら復唱できない子たちも大勢いたそうです。
彼らの生育歴を調べてみると、大体小学校2年生ぐらいから勉強についていけなくなり、友だちからバカにされ、イジメにあったり、先生からは不真面目だと思われたり、家庭内で虐待を受けたりしていたことがわかりました。
彼らは次第に学校に行かなくなり、暴力や万引きなど、様々な問題行動を起こし始めます。
けれど小学校では「厄介な子」として扱われるだけで、軽度知的障害や境界知能(明らかな知的障害ではないが状況によっては支援が必要)があったとしても見過ごされてしまうことが多く、やがて中学生になり手がつけられなくなってしまうケースが目立つそう。
宮口先生は、そんな非行少年たちの問題点として、「認知機能の弱さ」をたびたび指摘していました。
「認知能力の弱さ」とは・・・
■聞く力が弱い
→友達が何を話しているのかわからず、話についていけない。
■見る力が弱い
→相手の表情やしぐさが読めず、不適切な言動をしてしまう。
■想像する力が弱い
→相手の立場が想像できず、相手を不快にさせてしまう。
などがあげられます。
そして、この「認知能力の弱さ」を含めた「5点+身体的な不器用さ」が非行少年たちの特徴として解説されていました。
①「認知能力の弱さ」
②「感情統制の弱さ」
③「融通の利かなさ」
④「不適切な自己評価」
⑤「対人スキルの乏しさ」
+「身体的不器用さ」
私が興味深く感じたのは「③融通の利かなさ」と「身体的不器用さ」でした。
■「融通の利かなさ」の例
たとえば、「お金が必要だけど、お金がない」という状況のとき、私たちはいくつかの解決案を考えます。
・アルバイトをする
・親や友人に借りる
・宝くじを買う
・消費者金融から借りる
・強盗をする など
このとき、「選択肢をいくつ考えられるか」がひとつめのポイントとなります。
そして次に、浮かび上がった解決案の中から、今度はどの方法がいいのかを選んでいきます。
「強盗は犯罪だからダメ」「借金は返すあてがないからやめておこう」というように自分にとって一番ふさわしい解決案を選んでいきますよね。
この「どの方法がいいのかを吟味して選ぶ」というのがふたつめのポイントになります。
医療少年院にいる非行少年たちは、まずひとつめのポイント「選択肢をいくつ考えられるか」でつまずいてしまう子が多いようなのです。
つまり、解決案を複数考えることができず、「アルバイトをする」などが思いつかなかったり、逆に「強盗する」のひとつだけしか思い浮かばなかったりするとのこと。
ここで、「強盗は犯罪だからダメ」と思いとどまればいいのですが、非行少年たちは、
ふたつめのポイント「どの方法がいいのかを吟味して選ぶ」という作業も苦手なことから、
「お金が必要 → 強盗する」という答えを導き出してしまい、お金がなくなるたびに強盗を繰り返すことになってしまうそうなのです。
これまでニュースなどを見て、どうしてそんな短絡的なことをやってしまうのだろうと疑問に思うことも多かったのですが、この説明を読んで腑に落ちました。
もちろんすべての犯罪者がこの特徴を持っているわけではありませんが、そういう人たちが少なからずいるんだということがわかっただけでも得るものがありました。
■「身体的不器用さ」の例
もうひとつ勉強になったのが、「身体的不器用さ」についての記述でした。
・力加減ができない
・物をよく壊す
このふたつの特徴を持った非行少年たちのエピソードが印象に残りました。
彼らは社会に出たあとも、
・皿洗いのバイトで何度も皿を割ってしまう。
・客に料理を出すときに、ドンっと勢いよく置いてしまう。
・じゃれあっただけなのに相手に大けがをさせてしまう。
など、悪気なく問題を起こしてしまうことが多々あるそうなのです。
以前飲食店で、「何かイヤなことでもあったの!?」と思えるほど、終始お皿の置き方が乱暴な店員さんを見かけたことがあったのですが、もしかしたらこういう事情があったのかもしれません。(本当に機嫌が悪かっただけかもしれませんが…)
少年院を出て真面目に働こうと思っても、身体的不器用さが原因となって仕事をクビになってしまったり、本人にその気がなくても傷害罪になったケースもあるようなのです。
これは「身体的不器用さ」に限らず、非行少年たちの中には「少年院を出たら社会で真面目に働きたい」と考えている子どもたちもたくさんいます。
でも、うまくいかない。
非行に理解があって受け入れてくれた雇い主さんでも、発達障害や知的障害には十分な知識がないことが多いため、そこでトラブルが起きてしまうのです。
そして嫌気がさした少年たちは仕事を辞め、遊び、やがてお金が必要になると再び窃盗などの犯罪に手を出してしまうという悪循環に陥ります。
発達障害・知的障害を持つ子どもたちが社会で困らないようにするためには
では、このような非行少年たちにはどのようなケアをしていけばよいのか。
宮口先生曰く、発達障害や軽度の知的障害をもつ子どもに対してまず必要なのは、やはり早期の発見と支援なのだそうです。
『ケーキの切れない非行少年たち』の最終章(第7章)では、この支援方法や治療教育などについてかなり具体的にまとめられています。
専門的なことですので、こちらのブログでは内容を割愛しますが、抽象的なことではなく、実際にどんなことをしたらいいのかが詳細に書かれているので、興味のある方はぜひ読んでいただきたいと思います。
ただひとつ記録しておきたいと思ったのは、「褒めるだけの教育では根本的な解決にならない」という一文でした。
問題を起こす子どもたちに対しては、悪い面に目が向きがちなので、よいところは褒めてあげる。話を聞いてあげる。と考えられがちですが…
これは、子どもの気持ちを受け止め、落ち着かせるという効果はありますが、逆に問題を先送りにしてしまっている可能性もあるようなのです。
勉強ができないことで自信をなくしてイライラしている子どもに対し、「走るのは速いよ」と褒めたり、「勉強ができなくてイライラしているんだね」と話を聞いてあげても、勉強ができない事実は変わりません。
褒めることで小学校ではうまく乗り切れるかもしれませんが、中学校、高校、さらには社会に出て、「誰も褒めてくれない」「誰も話を聞いてくれない」という状況に立たされたときに、再び同じ問題が出てきてしまいます。
勉強ができなくてイライラしているのであれば、どうすれば勉強ができるようになるのか、その根っこの部分を直接支援するしかないのです。
この「褒める教育だけでは問題は解決しない」については、本の中でも1章を費やしてまとめられていたので、この考えに賛成の方も、反対の方も、一度偏見なしに読んでみることをおすすめします。
読書のおとも
長くなってしまったので、ここで読書のおともを紹介したいと思います。
今回は「梅蜂蜜漬『梅の実』」を食べてみました。
以前、三芳のサービスエリアで購入したものです。
1粒1粒の梅がとても立派で驚きました。
普段は読書をしながらおやつを食べるのが好きなのですが、今回の1冊は考えさせられることが多く、本に没頭してしまったこともあり、すべて読み終えてから口に運ぶことに。
大粒な梅に蜜がしっかりとしみていておいしかったです。
自宅でも梅シロップを作りますが、それとはまったくの別物。
こちらは実がしっかりとした状態のまま(硬いまま)なのでかなり食べごたえがありました。
まとめ
今回は、『ケーキの切れない非行少年たち』のあらすじ&感想についてまとめてみました。
本文中に「子どもの心に扉があるとすれば、その取手は内側にしかついていない」という一文がありました。
「子どもの心の扉を開くには、子ども自身がハッとする気づきの体験が最も大切であり、我々大人の役割は、説教や叱責などによって無理やり扉を開けさせることではなく、子ども自身に出来るだけ多くの気づきの場を提供することなのです」と続いています。
本当にその通りだと思いました。
私も高校を3ヵ月で中退した経験があるので(その後3年ほど自分のしたいことをして、大検を取り、そのまま大学に進学し卒業しました)、警察のお世話になったことはありませんが、ちょっとだけ変わった10代を過ごしてきました。
高校を中退したというと遊び人を想像されるかもしれませんが、とんでもないです。
コギャル全盛期の時代に、ひたすら地味な格好で、ひたすら地味な暮らしをしていました(笑)
近所のファストフード店に行き、図書館で借りた本を読み、たまに気の合う友達と会っておしゃべりをする。つまりいまと同じような生活を送っていたのです。
ですがそんな生活の中でさえ、「子ども自身がハッとする気づきの体験」をたくさん重ねることができましたし、高校生活からでは得られない発見も山のようにありました。
そのときの経験が、のちの人生の軸になっているのも事実です。
どうして15~18歳までそんな暮らしをしていたのか、いずれこちらのブログでも書けたらいいなと思っています。